大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)53号 判決

理由

一、北九州市小倉区城野字久保田一、四七二番地の一、宅地七五〇坪及び同所一、四七二番地の三、宅地五八坪の二筆の土地について、(1)福岡法務局小倉支局昭和三五年一二月二七日受付第一六六六二号をもつて、抵当権設定者を被控訴人、抵当権者を控訴人債務者を訴外植木康司とする。同年一二月二四日付金銭消費貸借契約に基づく債権額金二三〇万円、弁済期同三六年三月三一日、利息・損害金の定めのない債権を担保するための、昭和三五年一二月二四日付抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記及び、(2)右小倉支局昭和三五年一二月二七日受付第一六、七〇四号をもつてなされた。右(1)の債務を期限に弁済しないときは、代物弁済として前示二筆の土地所有権を控訴人に移転する旨の、同年一二月二四日付の停止条件付代物弁済契約を原因とし、控訴人を仮登記権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされていること、これらの登記がなされた当時前示二筆の本件土地が被控訴人の所有であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人は、右の各登記及び同登記の原因たる契約は、直接被控訴人と控訴人間になされたかのように主張するが、これを認むべき確証はない。しかし、控訴人主張のように被控訴人が訴外植木康司に本件土地を担保に金員の借入方を委任しその旨の代理権を授与し、主張のような委任状、印鑑証明書、実印を同訴外人に交付したことは、当事者間に争がなく、この争いのない事実と、成立に争いのない乙第四号証の二、同第八号証の四、同第一〇、一一号証、当事者弁論の全趣旨により、本件の各登記申請書であると認める乙第七号証同第八号証の一、原審被控訴本人尋問の結果により成立を認め得る乙第三号証、原審証人植木康司の証言により成立を認め得る乙第九号証、原審及び当審証人植木康司(後記排斥部分を除く)、原審証人松沢宏輔、同後藤桂一、同網田省吾、当審証人平山貞美、同湯浅房吉の各証言、原審被控訴本人尋問の結果(後記排斥部分を除く)、原審控訴会社代表者湯浅房吉尋問の結果(同結果、原審証人後藤桂一及び当審証人湯浅房吉の各証言によると、湯浅房吉は昭和三四年以来控訴会社の代表取締役で原審において同人が尋問された昭和三八年七月四日当時も、その代表取締役であつたことが認められるところ、記録によれば、本件訴訟は終始控訴会社の他の代表取締役である大内健次郎において、控訴会社を代表して応訴追行していることが明らかである。しかして会社の代表取締役であつても、その者が現実に会社を代表していない訴訟においては、これを証人として尋問すべきで代表者本人として尋問するのは違法であるから(最高裁昭和二六年(オ)第七〇四号昭和二七年二月二二日判決参照)、原審が湯浅房吉を代表者本人として宣誓の上尋問したのは違法であるが、湯浅房吉においてはもち論、当事者双方とも右の尋問について異議を述べた形跡がないので、右の違法は責問権の喪失によつて治癒されたものというべく、よつて右尋問の結果は証拠資料たり得るものと解する。)、本件口頭弁論の全趣旨、被控訴人が自己の印影のみを認める乙第五、六号証の存在を、かれこれ合わせ考えると、つぎの事実を認めることができる。

被控訴人は昭和三五年一〇月一四日小倉区砂津三二五番地の金融業者今本春男から、本件土地のうち、一、四七二番地の一宅地七五〇坪を抵当として、金六〇万円を弁済期昭和三五年一二月末日、利息年一割八歩、利息支払時期毎月末日、弁済期後の遅延損害金年三割六分の約定で借受け、翌日の一〇月一五日福岡法務局小倉支局受付第一二、七〇七号をもつてその登記を経由し、なお訴外今本春男は被控訴人との間に同年一〇月一四日付をもつて、前示金六〇万円をその弁済期に弁済しないときは、前示土地の所有権は今本春男に帰属する旨の停止条件付代物弁済契約をなし、その翌一五日前示小倉支局受付第一二、七〇八号をもつてその旨の仮登記が経由されていたので、被控訴人は同人に対する債務の支払いやその他の入費に充てるため、本件二筆の土地を担保に供して金一〇〇万円を借受けたいと思い、その仲介斡旋方を訴外原田耕介に依頼したところ、同訴外人はさらにこれを訴外植木康司に依頼し「被控訴人は本件土地を担保に金一〇〇万円を借受けて欲しいというが、自分も金が欲しいので、この際この土地を担保に金三〇〇万円位を借用し、被控訴人の入用金一〇〇万円を差引いた金二〇〇万円を君と二人で使用させて貰うことにしてはどうか。」と持ちかけたので、植木康司も当時金に困つていた折とて、借用すべき金員の弁済期までに二人で使つた金を返済しさえすれば、問題はないだろうということで、植木が貸主を探すことになり、昭和三五年一二月初旬頃原田耕介は植木康司を被控訴人に紹介した。その結果被控訴人は植木康司に金一〇〇万円の借入方を依頼したので、同人は知人を介して湯浅房吉が代表取締役である控訴会社が融資することを知り、被控訴人から本件土地を担保に金一〇〇万円を借受けることの委任を受ける(被控訴人が借主となるか、植木が借主となるかの借用の形式は問わない趣旨のもので、期限に弁済しないときはいわゆる担保流れになることは、被控訴人も了知していた。)とともに、被控訴人から本件土地に対する一切の手続を委任する旨の記載ある委任状(乙第三号証)、同人の印章及び印鑑証明書の交付を受けて所持の上、被控訴人の代理人としてこれらを湯浅房吉に示して金員の借用方を交渉したが、控訴会社は金貸し会社ではないから金貸しはできないが、控訴会社としては、本件土地をガソリンスタンド用として必要であるから買受けたいということで、結局本件土地を金二三〇万円で控訴会社が買受けることとなり、代金は昭和三五年一二月二三日の夕方頃現金五〇万円と控訴会社振出しの金額一〇〇万円の約束手形(乙第九号証)を植木康司に交付することとし、残金八〇万円は所有権移転登記と同時に支払うことになつていたが、右一二月二三日には登記ができなかつたところ、翌二四日になつて植木康司は右の売買を取り止め、最初申込んだとおり本件土地を担保に金二三〇万円を融資して欲しい旨申入れたので、植木康司を被控訴人の正当な代理人であると信じた前示湯浅房吉は右の金額一〇〇万円の約束手形の満期が昭和三六年三月二八日であることをも考えた上(もつともこの手形はその直後植木が割引いている。)これを承諾し、即日前示一に記載の当事者間に争いのない抵当権設定登記及び仮登記に示されている抵当権設定契約並びに停止条件付代物弁済契約が前記植木康司と控訴人間に成立し、山崎司法書土(事実上はその補助者網田省吾に委嘱したのであるが、法律上は山崎司法書士に委嘱したことになるのである。以下同じ)に、その登記手続を委嘱したのであるが、被控訴本人も山崎司法書士事務所に出頭してその補助者網田省吾に対し控訴会社の代理人後藤桂一(同人は網田省吾に登記申請書類の作成及び登記申請を委任するために出頭していた)の面前で、登記手続をよろしくお願する旨を述べ、なお、本件土地の所有権の登記済証が前記今本春男に差入れてあつたのを取戻させて(前示のとおり今本春男は本件二筆の土地のうち、一、四七二番地の一宅地七五〇坪のみの抵当権者兼仮登記権利者であるが、本件二筆の土地は大正六年三月五日小倉区裁判所受付第一、六一一号をもつて、大正五年一一月三日家督相続により、被控訴人の所有権取得登記がなされ、従つて一通の登記済証であるから、一四七二番地の三宅地五八坪のそれも当然今本春男において占有していたものである。)登記手続に協力し、網田省吾を補助者とする山崎司法書士が控訴人及び被控訴人の双方代理人となつて昭和三五年一二月二七日前示のとおりその登記が経由されたこと。なお網田省吾は将来所有権移転の本登記をなすための書類として、乙第五号証の売渡証を作成し、植木康司において被控訴人の印章を押印したこと。

以上の各事実が認められる。この認定に反する植木康司の各証言、被控訴本人尋問の結果は、前示証拠と対照し信用できず、他に右認定を動かす証拠はない。

三、右認定によると、被控訴人は口頭をもつて訴外植木康司に対し本件土地を担保に金一〇〇万円の金融を得ることの代理権を与えるとともに、書面をもつて本件土地に対する一切の手続を委任し(乙第三号証)、かつ自己の印章及び印鑑証明書を同訴外人に交付し、同訴外人は前示湯浅房吉に対し融資の申込みをなすにあたり、右の委任状、印鑑証明書及び印章を示して被控訴人の代理人であることを表示し、かつ前認定の登記手続をなすに当り、登記申請書類の作成及び登記申請の代理を植木康司に伴われて控訴人の代理人後藤桂一とともに網田省吾に委嘱委任し、また同登記申請書の添付書類として必要な登記義務者の権利に関する登記済証を、今本春男から返還を受けて網田省吾に交付させたという一連の行為をなしたのであり、これによれば、訴外植木康司のなした行為は、被控訴人から授与された権限を越えるものであるとしても、控訴人は植木康司が右行為をなすにつき被控訴人を代理する権限を有するものであると信じ、かつそのように信ずるについて正当の理由があつたものというべく、したがつて植木康司と控訴人間になされた前示各行為は、すべて被控訴人にその効果を及ぼし、前示各登記はすべて有効なものといわなければならない。

四、ところで被控訴人は、前記仮登記の原因たる停止条件付代物弁済契約(以下代物弁済契約または本件代物弁済契約と略称する)は、債務の不履行を停止条件とする真正の停止条件付代物弁済の本契約(前者)ではなく、真の代物弁済一方の予約(後者)であり、昭和三七年四月二四日の弁済供託をなすまで控訴人から予約完結の意思表示がなされたことがないので、右供託により本件債務は消滅したと主張し、控訴人において、本件代物弁済契約は前者であつて後者ではなく、かりに後者であるとしても、右弁済供託前に、事実欄四の(一)ないし(四)記載のとおり予約完結の意思表示がなされたと抗争するので考察する。

本件に見るように、不動産に抵当権を設定して、その登記を経由するとともに、抵当不動産につき抵当債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約を締結した場合(ことに元本に対する利息の支払期を定めて、利息の支払いを怠るときは期限の利益を失う旨の特約を付し、あるいはこの特約がなくても、元本に対する遅滞損害金の特約ある場合においては特に然り)は、特段の事情のないかぎり、右代物弁済契約は前者と見るよりも、後者と解するのが相当である。けだし一般経済人としての通常の債権者の意思に合致すると同時に、代物弁済の目的たる不動産の価格の騰落、債務者の資力の有無、不動産取得税等の税額と所得税額とを対照し、予約完結権を行使するか、抵当権を実行するかについて選択の余地があつて債権者の保護をはかり得ると同時に、債務者もまた予約完結権が行使されるまで、債務を弁済し得る余裕があり、債務者保護の余地があるばかりでなく、これを前者と解すれば、債務不履行と同時に不動産は抵当債権者の所有に帰し、抵当権実行の余地がないので、抵当権に基いて物上代位権を行使するなどの特殊な場合を除いて、当事者間の関係においては、抵当権を設定した利益が少いからである(最高裁昭和二六年(オ)第五六〇号昭和二八年一一月一二日第一小法廷判決参照)。しかし、当事者が真に前者を欲し前者を締結したことが明白な場合には、代物弁済契約をもつて前者であると解することを妨げない(最高裁昭和三一年(オ)第三七六号昭和三二年一二月五日第一小法廷判決、同昭和三二年(オ)第一、二一六号昭和三六年三月三日第二小法廷判決各参照)。後者は予約完結権が発生した後(すなわち債務不履行の後)に、完結の意思表示を停止条件とする代物弁済であり、前者は、債務不履行自体を停止条件とする代物弁済である点において異るけれども、前者の場合、債権者は、当事者間の関係においては債務者(抵当不動産の所有者)との合意によつて債務の弁済期を延期し抵当不動産を取得することを猶予してやることもできるのであり、後者の場合も、債権者は予約完結権が生ずるや、間髪を入れず完結の意思表示をなして代物弁済を生ぜしめ得ないでもないので、両者の経済的効用は甚しくは異ならない。

以上説示するところによつて本件を見るに、(証拠)によれば、本件代物弁済契約は昭和三六年三月末日の弁済期に弁済のないことを停止条件とする真の停止条件付代物弁済契約であることが明白である場合に当るというべく、従つて右弁済期の経過とともに、停止条件成就し本件不動産は控訴人の所有に帰したものといわなければならない。(控訴人が右弁済期を延期した趣旨の原審及び当審証人植木康司の証言は採用しない。)またかりに、本件代物弁済契約を、被控訴人主張のとおり後者であると見ても、当審証人湯浅房吉の証言及び昭和三六年七月二四日付控訴代理人の原審における答弁書、原審第二回口頭弁論調書を合わせ考えると、控訴人は被控訴人の代理人として前認定の契約、登記申請に要する手続をなした前示植木康司に対し、昭和三六年五月二日本件土地は控訴人の所有に帰したことを告げ、さらに被控訴代理人出頭の同年七月二七日の原審口頭弁論において、控訴代理人は、「植木康司及び被控訴人が弁済期限を徒過した同年五月二八日(当審において五月二日と訂正す)控訴人に弁済の猶予を求めてきたのに対しこれを拒絶し、抵当土地全部を代物弁済として取得する意思表示をしたので、本件土地は控訴人の所有に帰した」旨の記載ある答弁書を陳述したことが明白であり、その趣旨は要するに、本件代物弁済契約によつて、本件不動産は控訴人の所有に帰したことを主張するもので、本件代物弁済契約が後者であるとしても、本件不動産につき、代物弁済完結の意思表示をし、もつて本件不動産は終局的に控訴人の所有に帰したことを宣明するものに外ならないので、おそくとも右答弁書の陳述によつて、本件不動産は控訴人の所有に帰したものと解すべきである。

五、不動産をもつてする代物弁済は、債権者に対し所有権移転登記を経由し、第三者に対する対抗要件を具備したときに完成するので、停止条件付代物弁済契約における停止条件の成就、代物弁済の予約における完結権の行使の時から所有権移転登記の時までの間は、抵当権が混同によつて消滅するのは兎も角、債権者の債権は直ちに消滅するものではないと解しなければならない。(大審院昭和一二年(オ)第一、〇八二号昭和一三年二月一五日第二民事部判決参照)。これを反対に解せんか、本件に見るように抵当権設定者である被控訴人が、代物弁済による控訴人への所有権移転登記がいまだなされていないのに乗じ、本件土地を第三者に譲渡しこれが所有権移転登記を経由した場合のごときにあつては(前示乙第一〇、一一号証参照)、右第三者は一面登記の欠缺を理由として債権者の所有権取得を否認し(本件のように仮登記をしていない場合を考えよ。)、他面代物弁済による債権の消滅を主張し得ることとなり、債権者は結局不動産の所有権を取得することがないのに、空しく債権を失う不当の結果を生ずるからである。したがつて、当事者間に争いのない昭和三七年四月二四日前示金二三〇万円の元本の外、これに対する昭和三六年四月一日から右同日までの年一割五分の割合による遅延損害金を弁済のために供託したこと、当事者弁論の全趣旨と、原本の存在並びにその成立について争いのない乙第一二号証とによつて認めうる。右供託前被控訴人が控訴人に対し右供託金員を弁済のため提供したが、控訴人においてこれを拒絶したことの二個の事実によれば、控訴人に対する本件債務は、右の弁済供託によつて消滅し、したがつて代物弁済によつて本件不動産に関して得た控訴人の法律上の地位は変更を受け、控訴人は本件不動産の所有権を喪失するかのように一応考えられるが、そのように解するのは誤りである。この見解を是認すれば、債務の不履行を停止条件とし、あるいは債務不履行後の予約完結の意思表示を停止条件として、債務の決済方法を定めた代物弁済契約は無意味となるのである。それ故、右各停止条件の成就の時から所有権移転登記を経了するまでの間は、債権者は本来の債権の弁済を請求することができず、従つて抵当権を実行することができないで、ただ所有権移転登記手続をなすことによつて代物弁済を完成すべきことを請求し得るに止まるとともに、債務者も本来の債務を弁済し得ず、たんに右代物弁済の完成に協力すべき債務を履行し得るものと解しなければならない。すなわち、前記被控訴人のなした弁済供託は無効であり、これによつて本件不動産につき控訴人が取得した代物弁済契約上の前説示の地位は、なんらの影響を受けないというべきである。

六、以上のとおり、被控訴人が未だ本件不動産につき所有権を有することを前提とする本訴請求は失当であるからこれを棄却すべくこれを認容した原判決は不当、

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例